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No.1  始まりのその前

西暦2000年の世紀末。そして『ノストラダムスの大予言』・・・。それを数年後に迎えるある年。東京のとある中堅私大の4年生、川崎新一(かわさきしんいち)は多分に漏れず、就職活動真最中だった。

「ん~・・・、やっぱ就職先は金融機関がカッコいいよなぁ。できれば銀行!だけど全国転勤はゼッタイ嫌だから、手ごろな第二地銀か信用金庫・・・、いや、なんだったら信用組合でもいい!でも、証券会社もカッコイイかも・・・。」
就職氷河期に足を踏み入れていながらも、どこかバブルの残り香が漂っていたこの時代。
川崎は金融機関の業務が実際どのようなものかも知らずに、以前見たビデオ、『ウォール街』の世界になんだかあこがれた気分でいたり、父親が毎日の通勤からの帰り道に買ってくる夕刊スポーツ紙やタブロイド紙のどこか怪しげな株式記事の推奨銘柄の値動きを追うのが好きだった。

 「就職するなら金融機関だ・・・!銀行なら本石町、証券なら兜町・・・。紺色に白のストライプでビシっと決まったスーツ、日経新聞片手に日経平均、プライムレート、ワラント債・・・。なんだかわからないけど、とにかくそんなカッコイイ用語で会話するビジネスマン!そこがワシの活躍のステージ、あこがれの場所、いつの日か必ず行く場所だ・・・!」

 川崎は服装や髪形など同年代の男達が日々雑誌を見て研究している流行りにはおよそ無頓着ながらも、見栄っ張りな気持ちも持ち合わせている。「ワシはあいつらとは違うんだ」とばかりに哲学、宗教などの本を眺めては思想家を気取ってみたり、ギターをいじってみては自分より上の世代に流行ったフォークソングの世界にちょっとだけ足を踏み入れて、そんな自分をカッコイイと思い込む、少なくとも時代の流れからはいささかズレた感覚を持った青年だ。
 そんな川崎はやはり就職活動でも同学年の仲間たちとはズレていて、格好良い職業は金融機関だという強烈な思い込みの下、ハナから『金融機関』一本に絞った就職活動をしているのだった。


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No.2 金融機関への就職活動

川崎の就職活動は、主にリクルート社から送られてくる『リクルートブック』に載っている会社情報を見て、興味を持った会社へダイレクトメールを送り資料請求をする方法をしていた。
 まずは第二地銀、信用金庫、そして信用組合にターゲットを絞り、「東京の会社だったらどこでもいい!」とばかりに、今までおよそ聞いたことのない金融機関も調べ上げ、資料請求、そしてセミナー参加へといそしんだ。変にコリ症の川崎は、にわかに金融機関マニアと化していた。

 当時、一部信用金庫で行われた「くじ付き定期預金」が大ヒットとなり、追随する金融機関も多かった。また、信用金庫、そして一部信用組合などの「地域金融機関」までもが預金額1兆円を目途に『普銀転換』(普通銀行への転換)を目指していることを学生向けの会社説明会で公言しているところもあり、少なくとも表面上の威勢は良かった。しかし、この後に来る山一證券、三洋証券、北海道拓殖銀行などの大手金融機関の経営破綻、そして『地域金融機関』の大幅な再編成はすぐそこまで迫っていた。
もちろん、そのようなことは就職活動に邁進している川崎のような学生には知る由もないことだった・・・。
 
 「今日行った信用組合はスゴかった・・・。いくら小さいとはいえ、金融機関の本店が風俗店に囲まれたような場所にあって、ビルがものすごく汚い!しかも中に入ったら、閑散とした部屋の中に書類が雑然と放置されていたんだ!!金融機関といっても色々あるんだね~・・・」
 大学のギターサークルの部屋で興奮気味に話す川崎はいた。どこか周囲とズレているところがあるが、そんな川崎にも恋人はいた。同じサークルの後輩、ユリである。
 ユリは就職活動で起きた事柄を夢中で話す川崎の話を「うん、うん、」とうなずいて聞いていた。男兄弟のいないユリにとって、普段はボケッとした容貌ながら、時として思い込んだら一直線な根拠のない熱意を見せる川崎に、家族や女友達とは違う、どこかある種の男っぽさを感じていた。
 普段はギターの練習に対して下手ながらも熱意を込めている川崎が、今は『金融機関』にハマっているんだな・・・。とユリは心の中で思っていた。

No.3 就職活動軌道修正

 就職活動を『地域金融機関』に絞っていた川崎であったが、内定を取るのに苦戦をしていた。

 「しかし、信用金庫・信用組合も調べてみるとこんなにいっぱいあるんだな・・・。」川崎は東京・神奈川の信金・信組を調べ上げ、片っ端から資料請求ハガキを送り、会社説明会に参加しては、面接で落ちたり、更には書類審査にも通らない状態だった。これはすでに始まっていた就職氷河期のせいもあるかも知れないが、それ以上に、川崎の大学での成績の問題の方が大きかった・・・。

 ただ、現在の視点で見るとそれらの中小金融機関のほとんどは残っていない。
 イソップ物語に出てくる、取れなかったブドウを「どうせあれは酸っぱい」と負け惜しみをいうキツネとは違うつもりではあるが、それらの地域金融機関はことごとく経営破綻を迎える前に合併、そして名称変更をした。今やあえて調べなければそれらの金融機関の前身は何だったのかわからない。そして、それらに就職することができた者達もまた、彼らなりの波乱に満ちた職業生活を送ったのだろう。
 ある意味、すべては川崎のような金融機関マニアみたいな人物でもなければ関心も持たない『過去』なのかも知れない。

 「よしっ!証券会社にも応募してみるか!」
 そもそも、なんとなくではあるが、『相場』に対して憧れのような感情を抱いていた川崎にとって、それは何の抵抗もない軌道修正であった。
 そうと決まれば、持ち前の単純な思い込みで、証券会社を調べ上げ、全国転勤のある大手は外し、東京周辺にのみ支店がある会社を見繕った。証券会社もまた中小証券は「こんな会社もあったのか!」というほど、数としてはたくさんあった。
 正直なところ、信金・信組と比べたら証券会社の内定を取るのはそんなに難しいことではないだろうと思っていた川崎であったが、その証券会社も内定を取ることはできなかった。
就職活動も、内定が取れないと苦しいものである。自分なりの試行錯誤や、一応他の業界の話も聞いてみるかと苦し紛れの会社訪問も始めるようになって、次第に応募し、そして不合格だった会社は100社に近づいていた。

 ところで就職情報誌を見ると、一際目立つ広告や特集ページが組まれている業界があった。それが『商品先物取引』であった。商品先物取引と言われてもほとんどの就活生にとっては聞いたことがないものであろう。反面、知らないがゆえに悪いイメージも持ちようがなかった。ただ、どの会社も広告にやたら力は入れていて、それを「いかがわしい」、「あやしい」などと取るか、「活気がある」、「楽しそう」などと取るかは、その人なりのセンス、あるいは『賢さ』の成せるところであろうか・・・。
 兎にも角にも、世間知らずの川崎は『商品先物取引』なるものに関わってしまう第一の関門に、そうとも知らずに近づいているのだった。

NO.4 商品取引員への誘い

 『商品先物取引』恐らくノーマルな大学生活を送っているものにとっては、初めて聞く言葉であるだろう。
 経済学部生ならば、もしかしたらそれに関する講義を受けたものもいるかも知れない。また、さらにもしかしたら親や祖父などがそれに『手を出してしまった』ということで知っているものもいるかもしれない。この、十中八九、いや、ほぼ100%に近いケースで『手を出してしまった』という表現になってしまうのは、当事者であれば身に染みて理解しているところであろう。いずれにしても、マイナーな存在であることには間違いない。

  「ふ~ん・・・。商品先物取引って株に似てるんだな・・・。それにアメリカでは証券よりデカい業界なのか・・・。金、銀はなんかありそうだな。小豆ってのもなんか聞いたことあるような・・・?」
 就職情報誌でのやたら目立つ特集ページはやたらきれいなカラーページで、商品先物取引のことがわかりやすく説明されている。数か月前まで商品先物取引の『しょ』の字も聞いたことがなく、ましてや具体的な会社名など1社も知らなかった川崎であるが、 今、にわかに頭の中は商品先物取引のことでいっぱいなのであった・・・。

 川崎は就職情報誌をくまなく読み込み、例によって転勤は嫌なので、関東周辺にのみ店舗がある会社から資料を取り寄せ、持ち前の『思い込み』の力で資料を読みまくった。すると、ある意味この業界ならではと言えるかもしれないが、複数の商品先物取引の会社、すなわち『商品取引員』※から会社説明会参加の勧誘の電話がかかってくるようになってきた。

 「わしも結構期待されてるのかな・・・」かかってくる会社説明会参加勧誘の電話に気を大きくする川崎であったが、もちろん?、その他の業界から勧誘などはありはしなかった。

 何はともあれ、川崎は実際に『商品取引員』に訪問することとなる。

※商品取引員とは、簡単に言うと商品先物取引の会社のことである。『員』となっているので個人や社員のようであるが、会社そのものを『員』と言う。

No.5 いざ、会社説明会へ

 川崎はまず、会社訪問に備えて業界研究から始めた。
 「先物取引ってのは、今まで全然知らなかったけど、けっこういろんな会社があるんだな・・・。取引所は東京穀物取引所に東京工業品取引所・・・。証券だったら兜町だけど、商品は蠣殻町か・・・。」
 川崎は商品取引所など見たこともないが、頭の中ではテレビでよく見る証券取引所のイメージで、商品先物も案外面白いんじゃないか?と思いがむくむくと膨れ上がっていた。

 さっそく川崎は業界の中から目星をつけて会社説明会の参加を始めた。
 「よし。まずはここにしてみるか・・・。」
 川崎が最初に選んだのは『トウキョウフューチャーズ』という会社だった。
トウキョウフューチャーズ・・・。この会社は外見的には立派なビルに本店を構えていた。また、いまでこそ『●●フューチャーズ』という会社名はめずらしくないが、この当時ではまだあまりそのような社名の会社は少なかったので、この会社自体はけっして外資系ではないが、何かそのようなおしゃれなイメージも川崎には感じられた。
 会社の受付を通し、会議室へ案内されると、そこには川崎のような就活生が20人ほどすでに集まっていて、定刻には30人ほどになった。

 「それでは今から会社説明会を始めます。」
 会場に現れたのは、30代半ばの男性社員。なにかの先入観がそう見せてしまう部分もあるのかもしれないが、なかなかにスマートな印象の男性。ブランド等に無頓着な川崎から見ても、なにか高級そうなスーツ、ネクタイ、そして腕時計・・・。
 「やっぱ、この会社はカッコイイのかな・・・。」そんな思いがよぎってくる。

 一通り会社や先物取引の仕組みについて説明があったあと、質問の時間となる。
 「なにか質問のある方はいますか」男性社員からの問いかけに、すかさず手を挙げるものがいる。川崎も就職活動はこの時点でもそれなりに数はこなしていたが、このような場面で先陣を切って質問をするような気にはいまだになれなかった。
 「私は●●大学●●学部の●●と申しますが・・・」周りの質問を聞きつつ、何か面接で真似できるような質問はないかとひとしきり耳を傾ける。
 すると質問のなかに、なかなかいいことを言う者がいた。
 「こちらの業界は、一般的に早期に退職する方が多いと聞きますが、御社ではいかがでしょうか」
 そう、これだ!川崎もやはりそこは普通の学生、そして普通の人間と同じく、『仕事のキツさ』には最大の関心があった。営業職、そして商品先物取引となると、『仕事がキツい』という噂や自分なりのイメージは持っていた。とはいえ実際に働いたわけでもない業界や会社の『仕事のキツさ』をリアルにイメージするほどの社会経験は持ち合わせてはいなかった。

 その質問に、男性社員はスマートな笑顔を保ちながら答える・・・。
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プロフィール

八條一海

Author:八條一海
20世紀が終わる『ちょっと前』。
携帯電話が少しずつ普及し始め、大企業の倒産が徐々に増えていくそんな時代。
今ではもう、けっして通用するはずがない営業・セールス手法がまかり通った『最後の時代』の空気を取り上げたいと思います。

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